(79歳・女性)―本人より聞き取り・本人確認(99.3.31)
- 頚椎の疾患で四肢麻痺があり、97.6.27に急性心筋梗塞で九死に一生を得る。
- 97.9月に直腸がん(進行性で周辺臓器へ浸潤している)と診断。手術は危険でできないため在宅生活になる。
- 通過障害(糞便ががんのために腸を通過できない)のため、98.7.24人工肛門を設置した。
- 膀胱に留置カテーテルを設置し、子宮等への浸潤による不正出血、粘液に頻回の介助を要する。
- ひとなつこい性格で人気者である。また、高齢者介助に対しても適切な意見や考えを提起してくれる。
- ホームページに載せてからの変化(家族・自分)――記事へ(99.4.27)
- 息子の腕の中で意識が無くなり、早朝天国へ。
―以下は本人からの話を元に盛次が記載し、本人の了解を得た文章です。できるだけ本人の話を忠実に表現したものです。―
平成9年6月27日急性心筋梗塞で倒れた。それから車椅子の生活になってしまった。松前病院に移ってからリハビリを受けたけど、良くはならなかった。直腸がんが見つかり、がんセンターに移ったけど手術はできず、帰ってきた。おなかが張ってつらかった。便を出すために大量の下剤を飲んでいたら、下痢便ばかりでお尻がただれると看護婦さんが言っていた。私は感覚障害があるので自分ではよくわからなかった。主治医の勧めもあって自宅に戻った。嫁との関係がよくないので戻りたくはないという反面、自分の家が一番落ちつく。
嫁はばあちゃんのことは看たくないとはっきり言うので在宅サービスを積極的に利用している。息子は仕事から帰ってきても顔も見せない。私のことで夫婦喧嘩をすることがあるようだけど、息子はプイとして2階に上がってしまう。期待しても仕方がないと思いつつも同居している家族なんだからもう少し何とかならないかなと思うと情けない。朝食と夕食、それと午後9時のオムツ交換だけは嫁がやってくれる。その他は松前病院の訪問看護と訪問看護ステーションの看護婦さんと社会福祉協議会のヘルパーさんがオムツ交換や陰部の洗浄等をやってくれる。1日に何度か来てくれるから安心だ。
下痢でいつもお尻が汚れるのと、腹がとても張るので主治医の勧めで98年の7月に人工肛門の手術を受けた。がんセンターまで松前病院の看護婦さんや社会福祉協議会のヘルパーさんがやってきて、人工肛門のケアについて研修していったよ。いったん松前病院に戻ってからまた自宅に戻った。人工肛門の処置もみんながやってくれるし、おなかの張りも少しはましになった。下痢もなくなったので、布団まで汚れてしまうこともなくなった。
このごろはデイケアに行っても、車椅子に座っていると腹が張ってきて苦しいのでストレッチャーに乗るけど、それでもみんなの居るところに連れてってと言って、みんなのところに行く。さみしいのは嫌い。
夜間に嫁を呼んでも来ない。ちょっと物を取って欲しかったり、それとこのごろ帯下が多くなってきて気持ちが悪いのでオムツを変えてもらおうと思って呼ぶんだけど、聞こえないと言うのよ。それならチャイムをつけてくれと言ってもつけてくれんし、夜中に看護ステーションに電話した。まだ夜間のヘルパーは松前町ではやってないからね。いろいろ苦情はあるけど、嫁が今ぐらいやってくれるだけでありがたいと思うようにしている。デイケアで他の人に聞くと私のところはまだましなほうだもの。嫁も仕事があるわけだし。でもちょっと心が疲れたから、帯下(おりもの)に対しての治療も兼ねて今は1週間の予定で松前病院に入院中。また、元気を出さなくっちゃ。
がんについて?もうなるようになれと開き直るのが一番。がんと聞かなかったら、なんでじゃろう、なんでじゃろうと悩んでいたかもしれないね。それよりも毎日を楽しく生きていけるようにした方がいいと思う。
(99.4.23)ホームページに載せてから家族の対応が少し変わったかな。このごろ夜の11時ごろにも嫁さんが見に来てくれるようになったんよ。
「ご長男から支援センターへ I 病院への入院手続きを進めてくれという話があったよ。本人も了解してるからって。」
「私がそんなことを言うはずが無いやろ。アー、自宅でつらい目にあうよりは老健に入った方が良いと思えてきた。そのほうが友達もできるし。老健にずっといてもやっぱりつらいことはあるじゃろうけど。ようは夜の介助やね。チャイムをつけてくれんけん、連絡のしようがない。わが息子でも自由にならんけんいかん。嫁さんの天下よ。口、出せまい。ええ時もあるんじゃけど。悔しいんよ。なるようになれよとは思うけど、せやけど言いなりでは死にとうない。自分でもめいってしまって、張りが無い。」
訪問看護センターが夜間にも処置に行くことについて。
「私はそのほうが良いけど、また勝手に決めてと言われるけん、家族と話してみて。」
「ご家族は『自分たちでしますよ』といってあんまりできないことがあるよ。」
「そうよなあ。」
とりあえず看護婦の方から必要が有るからと言って週に3回ほど夜間の介助に入ることにしようということになった。