夢多き青春の頃よりの願望、それは別荘を持つことであった。
場所は軽井沢、一歩譲って八ヶ岳山麓は清里の郷、ささやかなわがままをお許し頂くなら、カナディアンロッキーを望むバンフの渓流、ニュージーランドはクイーンズタウンの湖岸、百歩譲ってまあ久万高原でもいいとしよう。
華美広大は好まずといえども、嵯峨野の庵の如く瀟洒(しょうしゃ)でなければならない。あるいは京の栄華を遠く離れてなお文化の薫を醸(かも)す、光源氏は須磨の離宮、その雅(みやび)も捨て難い。
ジイヤ丹精の真紅のバラ、朝露のひかる芝生には一対の白いガーデンチェア。物憂げに身を預けるカノジョは、純白のシルクのロングドレス、ハナエ モリ オートクチュール。つつましく秘めたランジェリーはイブ サンローランで‥‥、おっとこれは渡辺淳一、失楽園の世界。
あれから幾星霜、時移ろい、念願の別荘を建てた。そう、人生は妥協、趣味は日曜大工。景勝の瀬戸内海を望む(?)新川の畑地に、手づくりで3年かかった。そのために、土日休診として顰蹙(ひんしゅく)をかった。
トレンドはエコロジー、廃材リサイクル。近く取り壊すとうわさの家あれば、トラックを駆り、馳せ参上して材料を頂く。有難いことにバブルの時代、建築資材はもとより、エアコン・水揚げポンプに、庭石まで一切合財タダで頂戴した。
端整に芝生を刈り込んでいるはずのジイヤも、薫り高い手引きコーヒーをサーブするバアヤも、なにより純白のカノジョはまだない。病院の職員や友人が日曜菜園を作るために、またあるものは釣りの帰りに訪れる。たまに枯れ枝を集めてバーベキューをする。
ある早朝ポンプの具合が悪いとコールあり往診する。私はイシャではなく、ジイヤであると納得する。
玄関の扁額にはブルーシャトーとした。1996年竣工。
院長 仲田 実生
2010年03月