「お前、ちょっとモデルやれ!」
1997年9月中旬に店長に呼ばれ、こう言われた。
私は当時23歳。大学卒業後、最初の就職先は大手チェーンスーパーの紳士服部門であった。
配属地は高知県高知市。そこの大型店の紳士服売り場で働いていた。
当時の私は覚えても覚えても新たに出てくる新しい業務に追われ、新入社員の洗礼を受けていた。
いっちょまえにストレスを抱え、いっぱいいっぱいだった。
そんな時に言われた店長の一言は砂漠の中でのオアシスのようなものだった。
「11月19日から24日の冬物のセールのチラシを打つんやがな。お前が担当しとるコーナーのモデルさんが撮影日に都合つかんなったんよ。お前ならやるやろ!撮影は松山の本社ビルで行う。もちろん出張扱いで業務の一環よ。里帰りも兼ねて行ってこい!」
ありがたき幸せ!
撮影は1時間もあれば終わるだろう。
その後はフリーだ。
それで一日の業務として見てもらえる。
なんともラッキー!
二つ返事でOKした。
撮影は10月中旬。楽しみにしていた。
そして撮影日1週間前係長に呼ばれた。
「お前来週松山に出張って言よったやろ?あれ、すまんけど勘弁してくれんか?出張行かれると業務回らんなるからな。店長と本部に相談した結果、撮影はこの店の会議室で行うことになったから。」
ガビ~ン!
目の前が真っ暗になった。
もちろん撮影は業務時間内で行われる。
撮影後、開放感に浸ってゆっくりビールを飲もうなんて考えていたプランは幻に終わることとなった。
そうは言ってもモデルを体験できるのは変わりない。
初体験を味わうドキドキとワクワクは残っていた。
そして、撮影日当日。
天気は雨。
業務は通常どおり。
「都合ついたら呼ぶから仕事しとれよ~。」
と、係長。
粛々と業務をこなしていた。
そして10時半頃、裏のバックヤードでダンボールから汗だくで商品出しをしている所にPHSが鳴る。
「今から10分後に撮影開始。すぐに会議室に来い!」
よりによって汗だくの時に呼び出される。
しかし、業務命令には逆らえない。
急いで会議室に直行。
着くなり
「はい、これ着て。」
と、汗だくの体にダウンジャケットを渡される。
そう、冬物の服の撮影なのでそれはそれは厚く熱い服を着ての撮影なのである。
しかも会議室は何の空調もしておらず、汗が引くことはない。
撮影時間は限られているので、そんな私の状況を無視し、撮影は進んでゆく。
ダウンジャケットやらフリースやらを黙々と着て撮影は進んでゆく。
しかし、カメラマンさんはさすがプロ。
モデルど素人の私を乗せるのがお上手。
おだてられながら何回もポーズをとっているとランナーズハイならぬモデルハイになってきた。
ポーズはある程度私が好きなようにとってよいことになっていた。
調子に乗った私はグラビアアイドルがするようなセクシーポーズをとってみせた。
その直後、撮影を見守っていた課長から
「お前、それいらん!気持ち悪い!」
というツッコミをいただいた。
そして30分程で撮影は終了。
カメラマンさんは
「ん~、味のある写真撮れたよ。完成楽しみにしといて!」
と、おっしゃってくださった。
そして、2週間後、完成したチラシが回ってきた。
ドキドキしながら自分が写った部分を見る。
………………………..
ガビ~ン!
顔が汗と脂でテカっている!
笑顔が気持ち悪い!
前髪がクル~ンと回って髪型かっこ悪い!
そう、撮影日は雨で湿気が高かった。
私はクセッ毛で湿度が高いと髪が巻いてしまうのだ。
撮影直前に髪をセットする時間もなく、湿度に曲げられたままのかっこ悪い髪形に気付かす撮影をしてしまったようだ。
しかし、チラシは出来上がっている。
このチラシは高知県だけでなく、当時店舗展開していた愛媛、広島、山口にも出回る。
中四国4県に私の醜態が晒されることになるのだ。
顔から火が出るとはこのこと。
あれから20年。
今年(2017年)9月30日に引っ越した。
引越し準備をしていると、恥ずかしさのあまり封印していたそのときのチラシが出てきた。
20年前は破り捨てたいと思ったチラシだったが、一応記念だし、ということで箱の奥底に閉まっておいたチラシ。
人生の汚点だと思っていたチラシ。
しかし、そんな負の遺産も時が経てば人生を彩るネタとして自分の中で消化できるようになっていた。
恥ずかしい体験も時が経ち、状況が変わると宝物になる。
このチラシを見て価値を見出し、職場の朝礼で披露できた。
そして、今回は職場のホームページを通じて世界に拡散するのも躊躇なくできる余裕もできた(大げさか?)
これをご覧になった方。
大いに笑ってください。
笑顔の時間は多いほうがいいですもんね^^